アクティブ・ラーニング考

アクティブ・ラーニング考

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アクティブ・ラーニング、教育関係の現場ではよく耳にする言葉です。
しかし、一般にはまだ定着はしていないですね。直訳するならば、活動的に学習する、とでもなりましょうか。

今、高等学校を中心にこの取り組みが強化されています。従来の日本の教育は先生から一方的に教えてもらうばかりで、自ら考えたり、議論したり、調べたり、判断したり、そんな力がグローバルにみると劣っているということから、教育シーンへの導入が急がれているようです。

また、これに反対する意見も根強くあり、アクティブ・ラーニングなどやっていると知識を得るという最も基本の部分がおろそかになってしまうのではないか、知識のない人間が議論しても何も生まれない・・・などと言われているようです。

 

諸外国から見ると、日本人は議論が下手、確かにそうなのかもしれません。おそらくそのことが主な理由になっていると思われるのが、学生の海外留学の少なさでしょう。そもそも、英語が話せる学生がいまだに少ないですし、話せたとしても中身のある議論をするだけの素養がない。。。。だから、海外にどんどん出て勉強しようなんて気持ちにならない。

 

これらの危惧を背景に(かどうかはよくわかりませんが、)小学校にも教科としての英語新設と現4教科へのアクティブ・ラーニング導入を図るそうです。2020年度を予定しています。

今日、ひとしきりこのアクティブ・ラーニングを調べてみましたが、とにかく指導していく側である学校の先生方が大変そうだなと率直に心配になりました。全国に何万人もいる小学校の先生が、この二つの新規導入と従来レベルを維持していくといわれている知識教育を両立できるのだろうかと。。。授業時間を増やすしかないように思えますが、週休二日を崩壊させるわけにもいかないですし、非常に難しいように感じました。

 

小中学校は公教育だけに「平等」が大前提。私は、英語が堪能な一部の層と、議論が得意な一部の層にグローバルな部分を背負ってもらえばいいように思うのですが、そういう格差のある教育は公教育の場ではご法度なんでしょうね。しかし、これだけドメスティックな国民性を無理に変えてまでやる必要なんてあるのでしょうか。日本は外国人から見れば、いまだに着物を着て、忍者が街を闊歩しているミステリアスな国なのでしょうが、それで別にいいのではないでしょうか。

 

私はまだまだ技術立国至上主義なのかもしれません。英語なんか多少できなくたって、議論が下手だって、生活を豊かにしていく技術やソフトはまだまだ世界の中で一流だと思います。得意分野はまだまだたくさんある。だのに、外国が得意なことに、迎合とまでは言いませんがあえて挑戦しなくたって、日本の、日本人の生きていく道はあるように思います。

 

 

この問題については、また考えていきましょう。

 

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